東京地方裁判所 平成2年(ワ)6174号 判決 1992年2月17日
原告
松原民三
外一四名
右一五名訴訟代理人弁護士
内藤満
同
内藤平
同
山田洋史
右内藤満訴訟復代理人弁護士
小村享
同
漆原孝明
被告
富士コンサル株式会社
右代表者代表取締役
岡出元博
右訴訟代理人弁護士
堀弘二
同
安田隆彦
被告
株式会社高島屋
右代表者代表取締役
日高啓
右代理人支配人
大倉郁雄
右訴訟代理人弁護士
梶谷玄
同
梶谷剛
同
岡正晶
同
永沢徹
同
渡辺昭典
同
大川康平
同
武田裕二
同
和智洋子
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 (主位的請求)
被告ら各自は、別紙一覧表原告欄記載の原告らそれぞれに対し、同表主位的請求額欄記載の金員及びこれに対する昭和五六年六月一七日からそれぞれ支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
2 (予備的請求)
被告ら各自は、別紙一覧表原告欄記載の原告らそれぞれに対し、同表予備的請求額欄記載の金員及びこれに対する昭和五六年六月一七日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は原告らの負担とする。
4 第1、2項につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁(被告ら共通)
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
(一) 被告富士コンサル株式会社(被告富士)は、「蓼科仙境都市の建設と運営」等を目的とする株式会社であり、長野県北佐久郡望月町大字春日嶽五九〇七番地八において、「蓼科ソサエテイクラブ」(本件クラブ)を運営し、その一環として、クラブハウス、山荘等の宿泊・娯楽施設(本件クラブ施設)を自ら所有し、あるいはその所有者から委託を受けて管理し、右施設を有償で継続的に利用できる地位を会員権(本件会員権)として販売している。
(二) 被告株式会社高島屋(被告高島屋)は、百貨店業、輸出入業、卸売業及びこれらの業務に付随する製造業・加工業等を目的とする株式会社である。
2 クラブ会員契約
(一) 原告らは、それぞれ、被告富士との間で、別紙一覧表入会日時欄記載のころ、本件クラブの会員となる旨の契約(本件契約)を締結し、同被告に対し、入会金として同表入会金欄記載の金員を支払った。
(二) 本件契約の内容は、次のとおりである。
(1) 会員は、本件クラブ施設を有料で利用することができる。
(2) 被告富士は、本件クラブ施設を維持管理する。
(3) 被告富士は、本件会員権の販売口数を三〇〇〇口に限定する。
(4) 会員は、八月前半の利用希望者が殺到する時期においても最低一回は利用できる程度のゆとりを持って、本件クラブ施設を利用することができる。
(5) 会員は、被告富士に対し、入会金のほか、毎年一定の年会費を支払う。
(6) 会員は、本件クラブ会員証の交付を受け、これに裏書・交付する方法で、本件会員権を譲渡することができる。
(7) 被告富士は、本件契約締結後二年が経過し、又は本件会員権三〇〇〇口を完売したときは、会員の申出に応じて、その会員権の譲渡を斡旋する。
3 被告富士に対する請求
(一) 主位的請求(債務不履行)
(1) 本件クラブ施設利用についての債務不履行
被告富士は、昭和五八年六月ころ、本件クラブ施設の隣接地において、「蓼科ウツドヒルベイアソシエイツ」(アソシエイツ)と称して、本件クラブ類似のリゾートクラブ事業を開始し、アソシエイツ会員に本件クラブ施設を利用させるようになった。このため、原告らは、八月前半の利用希望者が殺到する時期には本件クラブ施設を一度も利用することができなくなり、ゆとりのある施設利用が不可能となった。
(2) 本件会員権譲渡斡旋についての債務不履行
原告らは、被告富士に対し、本件契約締結後二年を経過した昭和五七年ころ以降、本件会員権の譲渡を斡旋するよう申し出ているが、同被告はこれに応じない。
また、被告富士は、昭和五八年六月から、本件クラブ施設隣接地においてアソシエイツを運営して、本件クラブ会員権三〇〇〇口完売を故意に妨げた。したがって、原告らは、被告富士に対し、三〇〇〇口完売が達成されたものとして、譲渡斡旋を請求しうるべきであるが、同被告は、これに応じない。
(3) 被告富士の右(1)及び(2)の債務不履行によって、原告らと同被告との間の信頼関係は破壊された。
(4) 原告らは、被告富士に対し、本件訴状をもって本件契約を解除する旨の意思表示をし、原告林榮助の右訴状は平成二年七月一三日、その余の原告らの右訴状は平成元年六月二一日、それぞれ同被告に到達した。
(5) 本件クラブの入会金は、昭和五七年から二八〇万円に値上げされており、被告富士が本件契約を誠実に履行していれば、原告らは自らの会員権を第三者に譲渡し、同被告に支払った入会金相当額を回収したうえ、右値上がり益をも取得できたはずであるから、原告らは、それぞれ別紙一覧表主位的請求額欄記載の損害を被ったというべきである。
(6) よって、原告らは、それぞれ、被告富士に対し、債務不履行による損害賠償として別紙一覧表主位的請求額欄記載の金員及びこれに対する本件契約締結の後である昭和五六年六月一七日から右各支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(二) 予備的請求(不法行為)
(1) 被告富士は、本件契約締結に際し、原告らに対し、①本件会員数を三〇〇〇口に限定する、②被告富士は、原告らの申出に応じ、本件会員権の譲渡を斡旋する、③本件会員権の値上がりは確実であるとの虚偽の事実を申し向け、原告らを欺罔した。
(2) 原告らは、被告富士の右欺罔により、本件契約を締結し、それぞれ別紙一覧表予備的請求額欄記載の金員を支払い、同額の損害を被った。
(3) よって、原告らは、それぞれ、被告富士に対し、不法行為による損害賠償として、別紙一覧表予備的請求額欄記載の金員及びこれに対する本件契約締結の後である昭和五六年六月一七日から右各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
4 被告高島屋に対する請求
(一) 主位的請求(名板貸責任又は媒介代理商)
(1) 名板貸責任
被告高島屋は、昭和五〇年一〇月一五日、被告富士に対し、自己の商号をその営業のため使用することを許諾した。このため、原告らは、被告高島屋が本件クラブを運営しているものと誤認して本件契約を締結した。
(2) 媒介代理商としての責任(商法五四九条の類推適用)
(ア) 被告高島屋は、昭和五〇年一〇月一五日、被告富士との間で、本件クラブ会員の募集委託契約を締結し、同被告のため、継続的に本件クラブ会員入会契約の締結を媒介してきたのであるから、被告富士の媒介代理商というべきである。
(イ) 被告高島屋は、本件契約締結に際し、原告らに対し、被告富士の商号を示さなかったところ、媒介代理商についても仲立営業に関する商法五四九条の規定が類推適用されるべきである。
(3) 原告らは、前記3(一)のとおり、被告富士の債務不履行により、それぞれ、別紙一覧表主位的請求額欄記載の損害を被った。
(4) よって、原告らは、それぞれ、被告高島屋に対し、名板貸責任又は商法五四九条の類推に基づき、別紙一覧表主位的請求額欄記載の金員及びこれに対する本件契約締結の後である昭和五六年六月一七日から右各支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(二) 予備的請求(不法行為)
(1) 被告高島屋は、前記3(二)の被告富士の不法行為を知りながら、同被告に顧客名簿を提供し、同被告とともにダイレクトメール送付・説明会開催を行うなど、同被告の不法行為に加担した。
(2) 原告らは、前記3(二)のとおり、被告富士の不法行為により、別紙一覧表予備的請求額欄記載の損害を被った。
(3) よって、原告らは、それぞれ、被告高島屋に対し、不法行為による損害賠償として、別紙一覧表予備的請求額欄記載の金員及びこれに対する本件契約締結の後である昭和五六年六月一七日から右支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 被告ら共通
(一) 請求原因1の事実は認める。
(二) 同2(一)のうち、被告富士が、原告當内健利との間で昭和五三年八月二三日、同月一〇日に本件契約を締結したこと及び原告宮坂元麿との間で昭和五三年九月二七日、本件契約を締結したことは否認するが、その余の事実は認める。
(三) 同2(二)について
(1) (1)及び(2)の事実は認める。
(2) (3)のうち、被告富士が昭和五一年一〇月以降、本件会員権の販売口数を三〇〇〇口に限定する旨表明したことは認めるが、それ以前に右表明したことは否認する。
被告富士が本件会員権の販売口数を三〇〇〇口に限定したのは、右当時の本件クラブ施設の状況を前提としたもので、本件クラブ施設の状況等の変化に拘わらず、会員数を三〇〇〇口に固定する趣旨ではない。
(3) (4)は否認する。
(4) (5)は認める。
(5) (6)は認める。ただし、本件会員権を譲渡するには、理事会の承認が必要であり、契約後二年間は譲渡することができない。
(6) (7)のうち、被告富士が、昭和五一年一〇月以降のパンフレットにおいて、三〇〇〇口完売後本件会員権の譲渡斡旋を行う旨記載したことは認めるが、その余は否認する。
2 被告富士
(一) 同3(一)について
(1) (1)のうち、被告富士が昭和五八年六月ころ、アイソシエイツの事業計画に着手したことは認めるが、その余は否認する。
(2) (2)及び(3)の事実は否認する。
(3) (4)の事実は認める。
(4) (5)の事実は否認する。
(二) 同3(二)について
(1)及び(2)の事実は否認する。
3 被告高島屋
(一) 同4(一)について
(1) (1)の事実は否認する。
(2) (2)のうち、(ア)は認めるが、(イ)は否認する。
(3) (3)は否認する。
(二) 同4(二)について
(1)及び(2)の事実は否認する。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1(当事者)の事実は、当事者間に争いがない。
二原告らの本件契約締結について
1 原告らがそれぞれ被告富士との間で、別紙一覧表入会日時欄記載のころ、本件契約を締結したことは、当事者間に争いがない(ただし、原告當内健利が昭和五三年八月二三日及び同月一〇日に、原告宮坂元麿が同年九月二七日に本件契約を締結したとの事実を除く。)。
2 原告當内健利は、昭和五三年八月二三日及び同月一〇日、被告富士との間で本件契約を締結した旨主張する。しかしながら<書証番号略>によると、昭和五三年八月二三日、同原告の妻當内三津子が、同年九月一〇日、同原告の子當内真児がそれぞれ同被告に対し、本件クラブへの入会を申し込む旨の入会申込書が提出されたこと、その際、同原告が入会金を出捐したものの、右入会申込書の入会氏名欄には、それぞれ當内三津子、當内真児の氏名が記載されていることが認められ、これら事実からすると、右各日時に同被告との間で本件入会契約を締結したのは、同原告の妻三津子及び子真児であるとみるのが相当であり、同原告の右主張は理由がない。
3 原告宮坂元麿は、昭和五三年九月二七日、被告富士との間で本件契約を締結した旨主張するが、右事実を認めるに足る証拠はない。もっとも、<書証番号略>によると、原告宮坂元麿は、昭和五三年一〇月二四日ころ、原告當内健利から、同原告が被告富士から購入した本件会員権を代金一三〇万円で購入したことが認められる。
被告富士は、会員権の譲渡については被告富士の理事会の承認を要すると主張するところ、<書証番号略>によると、被告富士は、本件クラブの運営について会員会則(本件会則)を定めており、昭和五三年九月二七日当時の本件会則五条には、「クラブに入会を希望するものは、所定の申込み手続をし、理事会の承認を得、且つ指定された期日内に所定の入会金を事業主体に払込まなければならない。」と、また、同九条には、「会員は、所定の手続により理事会の承認を得て、その資格を他に譲渡することが出来る。この場合、譲受人は別に定める名義書換料を払い込むものとする。」と定められていたことが認められ、原告宮坂元麿が原告當内健利から本件会員権を譲り受けるにあたって、理事会の承認を得たことを認めるに足りる証拠はないから、原告宮坂元麿は被告富士に対し、本件クラブ会員たる地位の譲受を対抗することができないというほかなく、同原告の右主張は理由がない。
三本件クラブに関する事実経過について
請求原因2(二)(本件契約の内容)のうち、(1)(原告らの本件クラブ施設利用)、(2)(被告富士の本件クラブ管理)、(3)中、被告富士が昭和五一年一〇月以降、本件会員権の販売口数を三〇〇〇口に限定する旨表明したこと、(5)(年会費)、(6)(本件会員権譲渡)、(7)中、被告富士が昭和五一年一〇月以降のパンフレットに三〇〇〇口完売後本件会員権の譲渡斡旋を行う旨記載したことは、当事者に争いがない。
右当事者間に争いのない事実に、前記一及び二の事実、<書証番号略>、原告山内康透本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨とを併せ考えると、次の事実が認められる。
1 本件クラブの内容
(一) 被告富士は、昭和四四年ころ、長野県望月町春日財産区等から、同県北佐久郡望月町大字春日字春日嶽五九〇七番地八地内の山林を借り受け、昭和四八年三月ころ、同地において、本件クラブ施設を自ら所有し、あるいは所有者の委託を受けて管理し、本件クラブを運営している。
(二) 本件クラブは、本件クラブ施設を利用しようとする者が同被告に入会金を納入して会員となるいわゆる預託金会員組織である。本件クラブの会員となるためには、所定の入会申込手続をして理事会(会員中の著名人・有力者から被告富士が選任した理事長一名及び若干名の理事によって構成され、本件クラブの運営に関する方針の審議、諸規則の制定・改廃に関する審議、施設の設置及び運営についての被告富士に対する助言及び勧告等をその任務とする。)の承認を得たうえ、同被告に対し、所定の入会金を支払わなければならないとされている。
本件クラブの会員は、会員でない者よりも低額の料金で本件クラブ施設を優先的に利用することができ、一〇年の預託期間が経過した後は、退会に際し、納入した入会金の一部にあたる保証金の返還を請求しうる反面、同被告に対し、所定の年会費を支払う義務を負うものとされている。被告富士は、かかる本件クラブ会員としての権利義務関係を会員権と呼称し、入会後二年を経過したときには、これを理事会の承認を得たうえ第三者に譲渡することができるとしている。
2 本件クラブ会員の募集
(一) 被告富士は、昭和五〇年一〇月一五日、被告高島屋に対し、本件クラブの会員募集を委託し、そのころから本格的に会員募集に乗り出した。
会員募集の方法としては、まず、被告高島屋において、顧客名簿を利用してダイレクトメールを送付し、これに応じて資料請求してきた者に対し、被告富士においてパンフレットを送付し、あるいは社員を派遣する等して入会を勧誘するというものであった。また、被告高島屋が、その顧客に招待状を送付して説明会を開催し、被告富士の社員らがその参加者に入会を勧誘したこともあった。
(二) 被告富士は、「先生のいない学校」「屋根のない病院」等のキャッチフレーズの下に、本件クラブを家族ぐるみの健康開発・親睦の場として売り出したが、会員募集にあたっては、本件会員権に稀少価値があることもセールスポイントの一つとした。即ち、本件クラブ施設が国定公園内にあることから、被告富士は、入会希望者に対し、自然保護法の規制により、今後本件クラブと同様のクラブ開発が行われることはないとの見通しを明らかにし、本件会員権には稀少価値があって、財産的にも高い価値を有する旨説明した。
(三) 被告富士は、当初から本件クラブの会員数を本件クラブ施設の整備状況に見合う限度に抑えることを予定していたが、昭和五一年一〇月ころ、当時の施設の状況から三〇〇〇名程度とするのが適当と判断し、以降、入会希望者に対し、本件会員権の販売数を三〇〇〇口に限定するとの説明を行い、パンフレット等にもその旨記載するようになった。また、被告富士は、三〇〇〇口完売後に入会を希望する者の便宜を図るため、右完売後、本件会員権の譲渡を希望する会員に対し、譲渡の斡旋を行うことにし、この点も入会希望者へのセールスポイントの一つとした。
(四) 原告當内健利は、昭和四九年八月ころ、被告富士の従業員であった友人に勧められ、本件クラブに入会した。原告當内啓二及び同河北英二は、いずれも親戚にあたる同當内健利の勧めで入会したもので、入会にあたっては、同當内健利が申込手続を代行した。その余の原告らは、いずれも被告高島屋からのダイレクトメールや被告富士からの電話等を通じて本件クラブを知り、自宅又は勤務先に同被告社員の訪問を受け、あるいは説明会に参加する等して入会を勧められ、昭和五一年五月ころから昭和五六年三月ころまでの間に入会したものである。
3 紛争に至る経緯
(一) 本件クラブ施設は、昭和五一年当時、一日八〇〇名から九〇〇名が宿泊できる程度の規模であったが、漸次施設の拡張が図られた結果、昭和五六年ころには、一時に二〇〇〇名以上の宿泊が可能となり、施設内のレストランも二箇所から六、七箇所に増設された。ところが、殆んど施設を利用しない会員もいたこと等から、本件クラブ施設の利用状況は、当初の見込みよりもかなり低目に推移した。
一方、本件クラブ会員の間では、大型プール・体育館・サウナ等の新たな施設の設置を望む声も強かったため、被告富士は、昭和五六年一〇月ころ、新たに三〇〇〇口の会員を募集し、新会員からの入会金でこれら施設を増設する計画を立て、昭和五七年一月ころ、その旨会員に公表した。
(二) ところが、昭和五七年八月ころ、会員の一部から右計画に反対する声が上がったため、被告富士は、理事らとも相談したうえ、同年一一月ころ、会員に対し、右計画についてのアンケート調査を実施した。その結果では、右計画に賛成する会員が反対する会員を上回ったが、右計画に反対する会員らによって「蓼科ソサエティメンバーズ友の会」(友の会)が組織され、その抗議運動が新聞や週刊誌に取り上げられる事態となったため、被告富士は、昭和五八年三月、右計画の中止を決定し、その旨会員に通知した。
4 本件クラブの現在の状況
(一) 友の会の運動が新聞等で報道されたことから、被告高島屋は、ダイレクトメール送付等による会員募集活動を中止し、金融機関によるローン提携も中止されるに至った。このような事情もあってか、その後本件会員権の売れ行きは伸び悩み、本件クラブ会員数は、昭和五八年五月当時で二五六六、同六一年九月三〇日当時で二五六三にとどまっていた。
(二) 本件クラブ施設は、七月初旬から一〇月中旬までと冬期の間、会員らの利用に供されており、急な申込みがされた場合に空室がなく、また繁忙期には希望通りの部屋を予約できないこともあるものの、通常の余裕を持って予約しておけば、夏休み中でも十分利用可能な状況にある。
また、被告富士は、非会員に対しても、本件クラブ施設の利用を認めているが、予め会員からの利用希望者数を見込んだうえで非会員からの予約を受け付けており、現実に会員の施設利用に支障を来したことはない。
(三) 被告富士は、昭和五八年五月、伊藤忠商事株式会社から、本件クラブ施設所在地に隣接する山林を買い受け、「アソシエイツ」と称する預託金会員制クラブの運営を開始した。本件クラブ施設が子供や家族向け施設を中心としているのに対し、アソシエイツは、スキー場・サッカー場・モトクロス等、本件クラブにない設備を備えた若者向けの施設となっている。双方の会員は、相互に非会員としての資格で他方の施設を利用することができるとされているが、それぞれの会員の利用状況を見て受け容れの諾否が決せられていることもあって、これまで会員の利用に支障を来したことは一度もない。
四被告富士に対する請求について
以上の事実関係を前提に、原告らの被告富士に対する請求の当否について判断する。
1 被告富士の債務不履行
(一) 本件クラブ施設利用についての債務不履行
原告らは、被告富士がアソシエイツ会員に本件クラブ施設を利用させるようになった結果、ゆとりある施設利用が不可能となったのであるから、同被告には、本件契約上の債務不履行がある旨主張する。
しかしながら、前記三で認定したとおり、アソシエイツ会員等からの利用申込みに対しては、被告富士側において、本件クラブ会員の利用状況を考慮して、その利用に支障を来さない限度で受け容れていると認められるから、アソシエイツ会員の利用により、原告らの右施設利用が妨げられたということはできない。さらに、右認定事実によると、本件クラブ施設の規模についてみても、例えば昭和六一年当時、会員数約二五六〇名に対し、一時に二〇〇〇名以上の宿泊の可能な設備が用意されているし、その後の会員数の増加を見込んでも、通常の余裕をもって予約していれば、利用者で混み合う時期でも利用に支障を来すこともないことがうかがえるから、施設の規模と会員数とが合理的な均衡を失し、会員の利用に不便を来しているということもできない。
したがって、この点に関する原告らの主張は、前提となる事実を欠き、採用することができない。
(二) 本件会員権譲渡斡旋についての債務不履行
(1) 原告らは、まず、本件契約締結後二年が経過し、又は本件会員権三〇〇〇口を完売したときは、本件会員権の譲渡を斡旋する旨約したにもかかわらず、被告富士は、本件契約締結後二年が経過した後も、原告らの譲渡斡旋の申入れに応じないのであるから、同被告には、本件契約上の債務不履行がある旨主張する。
そこで、被告富士が原告らに対し、本件契約締結二年後の譲渡斡旋を約したか否かについてみるに、<書証番号略>中には、本件契約締結に際し、セールスマンから、契約後二年が経過したときには、譲渡を斡旋するとの説明を受けた旨の供述記載部分が存在する。しかしながら、入会希望者に配布されたパンフレット(<書証番号略>)や被告富士の社員用営業マニュアル(<書証番号略>)をみても、右供述記載部分を裏付ける記載は見当たらないばかりか、右陳述書の供述記載を仔細に検討すると、原告らは、三〇〇〇口完売後の譲渡斡旋の約束そのものと、右完売時期の見通しに関するセールスマンの説明内容や契約後二年以内の譲渡禁止を記載したパンフレットの記載内容とを混同し、斡旋開始時期を誤解していることがうかがえるから、右供述記載部分をそのまま信用することはできない。その他に原告らの主張を認めるに足りる証拠はない。
(2) 次に、原告らは、被告富士はアソシエイツを設立・運営することにより、故意に三〇〇〇口完売を妨げたのであるから、三〇〇〇口完売を達成したものとみなされ、譲渡斡旋義務を負うに至ったところ、同被告には右義務違反の債務不履行責任がある旨主張する。
(ア) 前記三認定の事実によると、被告富士は、昭和五一年一〇月以降、入会希望者に対し、本件会員権三〇〇〇口完売後の譲渡斡旋を約し、その旨パンフレット等にも明記していたというのであるから、同被告は、同月以降の入会者に対し、右約束に従い、本件会員権三〇〇〇口を完売したときには、譲渡斡旋義務を負うに至るものというべきである。
しかしながら、前記三認定の事実によると、本件クラブ会員数が、昭和六一年九月三〇日当時、二五六三口に至ったことを認めることはできるけれども、現時点までに三〇〇〇口に達したことを肯認するに足りる証拠は見当たらない。
(イ) そこで、被告富士の妨害行為により、三〇〇〇口完売に至っていないとの原告らの主張について検討する。
確かに、前記三認定の事実によると、被告富士は、昭和五八年六月ころ、本件クラブ施設の隣接地でアソシエイツを設立し、以降その運営を開始したこと、本件会員数は、昭和五八年ころからほぼ横ばい状態にあることが認められる。
しかしながら、前記三認定事実によると、アソシエイツは、家族連れを対象とする本件クラブとは異なり、スキー・モトクロス等のスポーツ施設を中心とし、主に若者に狙いを定めて設立・運営されていることが認められるから、被告富士がアソシエイツを設立・運営していることをもって、直ちに本件会員権の三〇〇〇口完売を妨害する行為であると断定することはできない。のみならず、前記三認定事実によると、被告富士の三〇〇〇口の追加募集の公表後、増口に反対する友の会の運動が報道されたこともあって、被告高島屋の会員募集活動や金融機関のローン提携が打ち切られたことが認められるから、このような事態が本件会員権の売れ行き不振を招いた一因となったのではないかとも考えられる。そうすると、被告富士が、アソシエイツを設立・運営したことと未だ三〇〇〇口完売に至っていないこととの間に因果関係はないといわざるをえないから、原告らの主張は、その前提を欠き、採用することができない。
2 被告富士の不法行為
(1) 原告らは、まず、本件契約締結に際して、被告富士が原告らに対して本件クラブ会員数を三〇〇〇口に限定するとの虚偽の事実を申し述べ、原告らを欺罔した旨主張する。
確かに、前記三認定の事実によると、被告富士が昭和五一年一〇月以降、入会希望者に対し、本件クラブ会員数を三〇〇〇口に限定する旨表明していたこと、また、昭和五七年一月には三〇〇〇口の会員を追加募集する旨公表したことが認められる。
しかしながら、前記三認定の事実によると、本件クラブ会員の追加募集は、昭和五六年一〇月ころ、施設増設を望む会員の要望に対処するため立案されたものであるうえ、当時の本件クラブ施設そのものも、三〇〇〇口限定としていた昭和五一年当時と比較して、はるかに大規模なものとなっていて、会員の利用状況からしても、会員数を三〇〇〇口にとどめておくことだけが全会員の要請に応える唯一の途であったとはいいがたい状況にあったということができるし、また、その後の被告富士の対応をみても、右計画公表後に会員の一部に反対意見もあることが判明すると、直ちにアンケートを実施して会員の意向を調査したうえ、最終的には反対意見も考慮して、右計画そのものを中止する措置をとったことが肯認できる。そうすると、本件クラブ会員の追加募集は、本件契約締結以後の本件クラブ施設の規模・利用状況の変化に対応して計画されたものであることが明らかというべきであるから、被告富士において、右契約当初から、右計画を立案しながら、これを秘して原告らに入会を勧誘したということは到底できない。したがって、この点に関する原告らの主張は、採用することができない。
(2) 次に、原告らは、本件契約締結に際し、被告富士が本件会員権の譲渡を斡旋する意思がないのにこれを秘して原告らに虚偽の事実を申し述べ、原告らを欺罔した旨主張する。
しかしながら、前記1(二)で認定したとおり、被告富士は、本件契約の締結にあたり、本件会員権三〇〇〇口完売の達成を条件として、譲渡斡旋を行う旨を約していたのであり、同被告において、これまで譲渡斡旋をしてこなかったからといって、もともと譲渡斡旋の意思がなかったというわけにはいかないことは明らかであり、他に右意思がなかったと認めるに足りる証拠はない。したがって、右意思のないことを前提とする原告らの主張は、その前提となる事実を欠き、採用することができない。
(3) 原告らは、さらに、本件契約締結に際し、被告富士が原告らに対し、本件会員権は値上がり確実であるとの虚偽の事実を申し述べて欺罔した旨主張する。
確かに、<書証番号略>、証人山内康透の証言によると、原告らは、被告富士の営業担当者らから、本件会員権は将来値上がりすることが見込まれ、利殖としても有利であるとの説明を受けたこと、原告らが利殖の可能性を期待して本件契約を締結するに至ったことが認められる。
しかしながら、本件契約は、本件クラブに入会し、会員として、本件クラブ施設を優先的に利用しうる地位を取得することを主たる目的とするもので、右地位譲渡に伴う利殖の可能性はあくまでも副次的なものにすぎないのであって、このことは通常の社会経験を有するものであれば、容易に理解しうるところであるといわなければならない。営業担当者らの右程度の説明は、当時の経済情勢を前提とした一般的な利殖可能性に言及したものであって、顧客の関心を引くための勧誘行為として商道徳上許容される範囲を逸脱する行為であるとまでいうことはいえないうえ、行為の態様をみても、特に原告らの判断を誤まらせるような執拗なものであったということもできないから、右説明のみをもって違法な欺罔行為であったとするわけにはいかない。したがって、この点に関する原告らの主張も、採用することができない。
五被告高島屋に対する請求について
原告らの被告高島屋に対する請求は、いずれも原告らの被告富士に対する債務不履行又は不法行為に基づく請求が認められることを前提とするものであるところ、被告富士に対する右請求がいずれも理由のないことは、前記四で認定、判断したとおりであるから、原告らの被告高島屋に対する請求も、また、いずれも失当である。
六以上の次第で、原告らの請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官貝阿彌誠 裁判官福井章代裁判長裁判官江見弘武は、転補につき、署名押印することができない。裁判官貝阿彌誠)
別紙一覧表<省略>